マレーシアのチキンカレーについて
※2020年2月15日 note 更新済みの記事です
マレーシア料理ってどんな料理ですか。――よく聞かれる質問で、聞きたい気持ちはよくわかる。
よくわかるんだけど、答えるのは難しい。和食をひと言で説明できないように、国の料理にはいろんな特徴があり、それらがさまざまに重なり合っているから。
しかし、だからといって、説明できませんではアカン。言葉で表現するのは大事なので、よりふさわしい表現を見つけるために、日々あれこれ考えたり、実験したり。これがけっこう楽しい。
ということで、今回やってみたいのは、チキンカレーのレシピ比べ。
「アスリ式チキンカレー」と「水野式チキンカレー」のレシピを比較して、そこからマレーシアらしさとは何か、ということを考えてみたい。
なぜチキンカレー、なぜアスリ式、水野式かをまず説明しよう。
マレーシア人はみなカレーが好きである。朝カレー、昼カレー、夜カレーはあたり前で、とくにポピュラーなのがチキンカレー。家でもよく作られている。
そしてもうひとつ、チキンカレーは、体験的に、どこで食べてもあまり味に違いがない。これは多民族・多文化・オリジナル万歳のマレーシアという国ではけっこうめずらしい。民族性、地域性の好みを超えた標準的な味がある料理として、チキンカレーを選んだ。
次にアスリ式とは。これは浅草・成田屋のシェフ、マレーシア人のアスリさんのレシピということ。アスリさんは、以前マレーシア料理店で働いていて、マレーシア料理教室の講師も務めてくださった方。アスリさんがお母さんから習ったという家族のレシピであり、個人的な味覚ではあるけど、わたしがマレーシアのカレーそのもの! と感じている味を選んだ。
比べる水野式とは、ご存じカレー界のスター、水野さんのレシピ。インドカレーをベースにスパイスでカレーを作る“ゴールデンルール”を考案し、カレーレシピのオープンソース化をすすめる方。
なぜ水野さんのレシピを選んだかというとインドカレーをベースにしているから。マレーシアは19世紀に移り住んできたインド系民族が人口の約7%を占めている。そのためタイやインドネシアといった、いわゆる東南アジアのカレーよりも、インドのカレーに近いと思う。また、アスリシェフと同じ個人のレシピとして水野さんのチキンカレーと比べてみたい。
ということで、さっそく比べてみよう!
水野式チキンカレーのレシピはこちら。
アスリ式チキンカレーのレシピはこちら。
アスリ式チキンカレーを作ってみた!
ふむふむ。全体的によく似たレシピだと思う。
まず、パウダースパイスを使うところ。ただし、アスリさんは、カレー粉という、いくつかのパウダースパイスがあらかじめミックスされたもの使っている。
じつはマレーシア人はカレー粉をよく使う。「アダビ Adabi」「ババス Babas」「アラガパス Alagappa’s」といった有名なカレー粉のメーカーが複数あり、チキンカレー用、フィッシュカレー用、ラムカレー用など作るカレーによってスパイスの配合を変えたカレー粉を多種販売している。そのため、レシピ本の材料の欄にカレー粉は常連。ただ、ブランドによって味が違うので、レシピに「カレー粉」があるということは、できあがったカレーの味に幅がある、ということ。なんだかマレーシアらしい。
そして、カレー粉がなぜこんなに浸透したのか。それは、マレーシアがイギリス占領下にあった時代に理由があるのではと想像する。タイのカレーの現地語は「ゲーン」なのに、マレーシアでは「カレー / カリ(Kari)*」とよぶ。これもカレー粉をよく使う理由と同じなのでは、と思う。 (* 細かくいうとカリとグライがあり、カリは乾燥スパイス、グライが生ハーブを使ったもの。インドネシアも同様)
次に、作る工程の順番。これはアスリ式と水野式ではやや異なっている。
水野式のゴールデンルールは、
1 ベースの風味: 油、にんにく、しょうが、玉ねぎ
2 うま味: トマト
3 中心の香り: パウダースパイス、塩
4 水分: 水
5 具: 鶏
の順に調理する。ときに [ 0はじめの香り]が加わったり、[4 水分]と[5 具]の順番が入れ替わったりすることもあるという。
アスリ式の場合、
0 はじめの香り: クミン、カレーリーフ、八角、シナモン、クローブ
1ベースの風味: 油、にんにく、しょうが、玉ねぎ
3 中心の香り: カレーパウダー、ターメリック、パプリカ、粉唐辛子
5 具: 鶏
4 水分 + 2 うま味: 水、ココナッツミルク
になっている。
大きく違うのは 2 のうま味の部分。アスリ式では、うま味としてトマトではなくココナッツミルクを使うため、加えるタイミングが変わったのではないか。つまり、アスリ式チキンカレーの大きな特徴は、ココナッツミルクを使うこと、といえる。
ココナッツミルクは、東南アジアの料理には欠かせない。マレーシア料理にもココナッツミルクがよく使われている。そして、歴史を振り返ると、人口の7%を占めるインド系民族の多くは南インドの出身者だった。南インドではココナッツがよく採れ、彼らの作るカレーにはココナッツミルクを使うことが多い。
つまり、南インドから渡ってきたカレーが、ココナッツミルクという共通の味覚とともに多くの国民に受け入れられ、カレー文化が広がったのではないだろうか。
そしてもうひとつ。レシピ比較からはちょっと離れるけど、香り高いハーブ、カレーリーフについて考えてみたい。
アスリ式で [はじめの香り] として使われるカレーリーフ。調理中にこの香りをかぐと、これぞマレーシアだー!とテンションが上がるぐらい、マレーシアのカレー店にも漂っている香りだ。
ところが、水野さんの記事を読むと、最初にカレーリーフを入れて煮込んでしまうと、食べるときにはその独特な香りはなくなってしまう*という。香りを効かせたければ、最後に加えるのがいい、とのこと。(*一方で香り持続説もあり)
なるほど……たしかに。
マレーシア人は香りをとても大事にする。味を褒めるときに「あの料理は香りがいい」というほど。
ところが、カレーの香りを考えてみると、たしかに香りはとてもいいのだけど、ほかの国のカレーに比べると、香りが立っているような刺激的な感じはない。コクと深み増すための香りというか、全体的にまろやかな風味とよくマッチした、バランスのとれた香りのような気がする。
香り、深い、バランス……。あっ、そうだ。マレーシアのカレーって、一品料理というより、万能ソースに近いのかも。
実際マレーシアのローカル食堂で、カレーとご飯を1対1のセットで食べることはほとんどない。おかず数種に、カレー数種を同じ皿に盛るビュッフェ風のスタイルか、おかず数種でカレーは汁だけすくってご飯にかけるタイプが多い。ローカル食堂では、具をとらずにカレーの汁だけすくった場合、カレー代金は無料という仕組みもあるほど、料理というよりソースやタレに近いのだ。
そして、カレーリーフの役割は、もしかしたら、カレーそのものの香りをひきたたせるというよりも、店内や台所といった空間に、おいしそうな香りを漂わるためなのかもしれない。いってみれば、カレーの芳香剤という役割。これ、けっこう当たっている気がする。
長くなっちゃったけど、まとめると
・イギリス文化の影響かもしれないカレー粉文化
・東南アジア料理の味覚の共通点となったココナッツミルク
・何にでもかける万能ソースとしてのカレー
この3点がマレーシアのチキンカレーの特徴のような気がする。おもしろい、おもしろい。
上にもリンクしていますが、アスリ式チキンカレーのレシピはこちら。ぜひ作ってみてください。超おいしいです!