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虜になる発酵食品 マレーシア文化通信No.28

【Hati Malaysia】 マレーシア文化通信28号(2021年6月1日配信)の記事に加筆修正したものです。


「この香りだけでご飯が食べられる!」とマレーシア人が好む調味料「ブラチャン」は、発酵食品です。和食にはない独特の香りがあり、これは自然界に存在する微生物がもたらした発酵によるもの。一度ハマると抜け出せないマレーシアの発酵の世界をご案内。

独特の香気と塩気でご飯がすすむ!

 ブラチャン、チンチャロ、ブドゥ。これらはすべて、魚やエビを塩漬けにした発酵調味料、いわゆる魚醤です。モンスーン気候に属するマレーシアは、一定の時期に一定の魚種の大量の水揚げがあり、それらを一年中食用として楽しめるよう発酵文化が発展。塩漬け後に干したイカンマシン、塩と米で発酵させたプカサン・イカンも同じ目的です。

 保存食として生まれた塩漬け魚の発酵食品は、塩分補給源としても重要な役割を果たしています。ご存じのとおりマレーシアは平均気温が28度を超える常夏の国。発汗で体内の塩分が失われるため、とくに暑い日は「意識してイカンマシンを食べよう」という教えがあるほど。

 また、マレーシアは米文化なので、魚醤の塩気はご飯によく合い、発酵独特の鮮烈な香りは、暑い日でも食欲をかきたて、ご飯がすすみます。つまり、保存、塩味、香気という発酵食品ならではの3つの性質は、マレーシアの食文化にとっても欠かせない要素になっているのです。

 もうひとつの発酵食品の特徴は、工場生産の市販品がスーパーに並ぶ一方で、地方の町の市場にいくと、ラベルの無い簡易包装のものがたくさん売られているということ。これらは地元の家内工業で作られているもので、全土に流通することはなく、その土地で親しまれている味。発酵文化とは、地域ごとに根づいた郷土の味覚ともいえます。


マレーシアならではの発酵食品

■ブラチャン [ belacan ]

小エビ × 塩漬け発酵

小エビやアミを塩漬けにして発酵させ、ペースト状にして、ほどよく乾燥させたもの。発酵独特の香りがあり、加熱調理すると、お祭りの日の焼きイカのような香ばしい匂いに。香り、塩気、うま味の3拍子そろったマレーシア料理に必須の発酵調味料。

濃い茶色が基本。発酵が浅いものは、グレーがかったピンク色

ブラチャンは野菜や海鮮炒めの味つけによく使われる。サンバルに合わせて、サンバル・ブラチャンソースにすることも

ペナン州「Chop Kim Hoa」の工場で、ブラチャンを天日乾燥しているところ。小エビの重量に対して10%の塩分で仕込み、発酵と天日干しを3回くり返す。製造には約半年かかる

ケダ州など海辺の町ではブラチャンは家内工業生産。木製の杵でついて細かくすり潰している

 

■チンチャロ [ cincalok ]

小エビ × 塩と飯による発酵

小エビやアミを塩と飯で発酵させたもの。見た目は日本のアミ漬けにそっくりだが、乳酸発酵をしているのでチーズのような独特の香りとまろやかさがある。マラッカのご当地調味料で、ウラム(ハーブサラダ)のタレにしたり、オムレツに入れたりする。

鮮度のいい小エビが、一定の時期に大量に手に入る海辺の町、マラッカならではの調味料

チンチャロにライム、シャロット、唐辛子、炊飯時の上澄み汁を加えてウラムのタレに

 

イカンマシン [ ikan masin ]

魚 × 塩漬け発酵

魚を塩漬けにして半発酵させ、天日干ししたもの。発酵が強いものと少ないものの2種あり、前者は身がやわらかく、後者は乾燥して固め。後者のほうが、炒飯やカイラン(青菜)、もやしなど野菜炒めの調味料として使用頻度が高い。暑い国の塩分補給源としても大事。

イカンとは魚、マシンは塩で、しょっぱい魚という意味のマレー語

中国系民族はハムユイとよび、豚ミンチの蒸し料理や土鍋鶏飯に加える

ブドゥ [ budu ]

カタクチイワシ × 塩漬け発酵

カタクチイワシを塩漬けにして半年~2年ほど発酵、熟成し粗くこしたもの。ナンプラーと似ているが、独特の香りと塩気が強く、とろっとしている。タイと国境を接するクランタン州のご当地調味料で、最近では伝統の味としてクアラルンプールのファインダイニングでも注目されている。

塩気が強いので小瓶で販売されている。液体の色はピンクがかった茶色

ブドゥにレモングラスやトンポヤを加えたタレは、焼き魚に合う

クランタン州「Cap Ketereh」の工場で、直径2メートル近くある巨大な樽でブドゥを発酵・熟成している様子。6~11月がカタクチイワシの漁獲時期で、その期間は毎日仕込みをする

プカサン・イカン [ pekasam ikan ]

魚 × 塩と米による発酵

魚に塩と煎った米をまぶして発酵、熟成させたもの。発酵期間は1週間~1ヵ月のものなどさまざまで、酸味と塩気が半々なものから塩気が強いものなど味もいろいろ。マレー半島北部のケダ州、内陸部のペラ州でポピュラーな発酵食品で、牛肉版の「プカサン・ダギン」もある。

川魚や淡水魚を使うことが多く、湖があるペラ州でよく生産されている

食べ方は、玉ねぎと唐辛子を加え、油を多めにして揚げ焼きに

トンポヤ [ tempoyak ]

ドリアン × 自然発酵(少しの塩)

種を取ってペースト状にしたドリアンに、ほんの少し塩を加えて密閉し、冷暗所で保存。1~2ヵ月ほどで完成する発酵調味料。ドリアン独特の香りはまろやかになり、食欲をそそる酸味がうまれる。ドリアンの産地であるパハン州やボルネオ島で親しまれている。

ご飯のおともとして人気なのがサンバルを加えたトンポヤ。市販品アリ

トンポヤ料理の定番は、ココナッツミルクも加えて煮込んだ魚料理

クランタン州の食堂で保管されていたトンポヤ。キッチンの片隅に無造作に置かれ、光が入らないように黒いビニール袋を使い、口はしっかりと密閉。袋を開けるとドリアンの香りが充満

タパイ [ tapai ]

米 × 麹菌の発酵

ご飯に「ラギ」とよばれる麹菌をふりかけ、ひと口サイズにわけてゴムの葉やバナナの葉に包み、3~5日間ほど常温で発酵させたもの。米粒の残った甘酒のような味で、発酵がうまくいくと、とても甘い。「ウビ」とよばれるキャッサバを発酵させたものもある。

断食明けのハリラヤや結婚式など、お祭りの祝い菓子として人気

一口サイズの米の塊で、独特の香り。甘い水分でしっとり覆われている


日馬文化比較

日本の発酵食品といえば、醤油、味噌、みりん、日本酒、漬物がポピュラー。風土や歴史から発展した発酵食品は、その土地ならではの味のものが多く、実にバラエティに富んでいます。たとえば、新潟・妙高の唐辛子を発酵させた「かんずり」は、マレーシアの調味料「サンバル」によく似ていて興味深い。詳しくは『日本発酵紀行』(小倉ヒラク、D&DEPARTMENT PROJECT)を参照のこと



※参考文献 『発酵はおいしい!』(ferment books / おのみさ(著)、パイ・インターナショナル)、『ダンチュウ・おいしい発酵』(プレジデント社)

文/古川音 Oto Furukawa
写真協力/Mohd Rhashidi(CD), Yukiko Hashizume, Noor Jannah Usman

 

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