マレーシア人の漫画家、ラットさん。彼の絵を見れば、「あっ、見たことある!」と思う人は多いと思います。マレーシアの英字紙「ニュー・ストレイツ・タイムズ」に漫画を連載し、自伝の絵本『カンポンボーイ』が大ヒット。世界で名を知られている、マレーシアを代表するアーティストです。『カンポンボーイ』は、日本では『カンポンのガキ大将』(※)というタイトルで出版されていて、末吉美栄子さんと荻島早苗さんのふたりが日本語訳を担当。ひょんなご縁で、末吉さんにお会いできることになり、都内のマレーシア料理店でサンバルイカンビリスをつまみながら、お話しを聞いてきました!(2012年4月25日)
『カンポンボーイ』を書店で見つけて
音: 翻訳にいたったきっかけは?
末吉さん: 以前から新聞で連載をしていたラットさんの絵が大好きだったんです。ある日、クアラルンプールの書店で『カンポンボーイ』を見つけ、この本を日本人に紹介したい!と決意。友人の新聞記者にお願いしてラットさんに会い、日本語訳の承諾を取り、出版社に持ち込みました。幸い晶文社さんがすぐ興味を持ってくれて、日本側はけっこう順調。ところが、マレーシア側がなかなか進まなくて……。ハンを押して郵送してもらうはずの書類が、デスクの上にずっとあったり(笑)。結果、出版するまでに1年ぐらいかかりました。
音: 実際にお会いされたラットさんはどんな人ですか?
末吉さん: 絵本のままの印象です。少年がそのまま大人になった感じね。アーティストの雰囲気もやっぱりありますね。ラットさんは、日本の漫画家の滝田ゆうさんのファンだったんですよ。たしかによく見てみれば、共通点を感じます。また、ラットさんは映画も大好きで、映画のカット割りを意識して、漫画のこまわりを描いていたりします。また変な話しかもしれませんが、私にとっていちばん印象的だった姿は、初めて日本に来たとき、横縞の素敵なセーターを着ていたこと。そのセーター、お友達の手編みだったそうで、余計によく覚えています(笑)。
民族や宗教が違っても、人々の暮らしは共通
音: 『カンポンのガキ大将』の反響は?
末吉さん: 児童文学としての評価をいただき、今でも図書館からの注文が続いています。また、日本を代表する絵本作家、田島征彦さんが評価してくれたのはうれしかった。「僕たちも幼少時代、川で遊ぶいわゆる“川ガキ”と呼ばれていて、ラットさんと同じように暮らしていた。読んでいて昔を思い出した』と。ラットさんは、幼い頃を田舎で過ごし、大人になると都会に出ていくことを決意するんです。そういう場面も、日本と同じですよね。民族や宗教が違っても、人々の暮らしは共通していて、その姿がとてもイキイキ描かれている。そこが私は好きなんです。
マレーシアとの出会いはホームステイ
音: 話は変わりますが、末吉さんご自身とマレーシアとの出会いを教えて下さい。
末吉さん: もうずいぶん昔の話しですが、大学卒業後、荻島さん(カンポンボーイを翻訳したもう1人)とともに、タイからマレーシアに南下する旅をしました。日本の知人が「マレーシアに行くなら、ぜひ、訪ねてみて」とマレーシア人を紹介してくれて。彼らのところを訪ねたら、「うちに泊まっていって」と誘われ、結果的にはマレーシア人の家々を渡り歩くことに(笑)。皆さんとてもフレンドリーで、この旅でマレーシアにハマりましたね。ちなみに、そのときホームステイした家の息子さんが新聞記者で、のちにラットさんを紹介してくれた人なんです。
音: 次にマレーシアに行かれたのは?
末吉さん: 帰国後、フリーランスのライターをしていたら、マレーシアのガイドブックの取材依頼が来まして。『地球の歩き方』が刊行される前の話しね。荻島さんとふたりで、マレーシアを取材しました。取材といってものんびりしたもので、撮影もインタビュー内容も日程もすべてこちら任せ。お湯が出るとラッキー!と喜ぶくらいの安宿に泊まりながら、自分ですべてアレンジして、自由に取材。東海岸に1カ月ぐらい滞在したりね。そのころは、クアラルンプールに行かないと電話が通じなかったので、親にとっては行方不明みたいなもん(笑)。いちばん印象的だったのは東海岸。マレー系マレーシア人が多く暮らしているのでイスラム色が強く、まさしく異国。トレンガヌ州クアラトレンガヌの街をぶらぶらしていたら、ここは空気が違う、と思いました。今でも東海岸は好きですね。
音: 昨年、息子さんがマレーシアにホームステイされたんですよね?
末吉さん: はい、息子たちは大学1年の夏休みに、マレーシアに送り込むのが慣例になっています。マレーシア人の友人たちにお世話になって。1番上の息子は、うまい具合にマレー系、中国系、インド系と3民族の家庭にホームステイすることができ、いろんな食事や文化を体験できたようです。2番目はハリラヤの時期に重なり、お祝いの料理を毎日食べ続け、3番目は、カンポンに宿泊したため親戚が多すぎて、顔が覚えられなかったとか(笑)。彼らは、子供の頃からマレーシア人と遊んでいたのでマレーシアのことは知っているのですが、実際に行ってみるとカルチャーショックは多かったみたいです。
音: マレーシアの好きなところを、ずばり!
末吉さん: マレーシアのおもしろさは、人。結局、人がいるから文化があり、食べ物や国のおもしろさがあります。マレーシア人を通して、マレーシアの料理や文化を紹介することをやっていきたいですね。最近仕事ではすこし遠ざかっていましたが、お話しをして私もマレーシアへのパワーがまた湧いてきました。
音の感想: マレーシアのおもしろさは、人にあり。まさしくそう思います。マレーシアは、“人に顔がある国”です。バスの運転手さん、タクシーの運転手さん、○○ちゃんのお母さん。日本ではそんな呼び方をされることがありますが、そんな社会的役割や職業は、マレーシアではどうでもいい。バスの運転手さんじゃなくて、鈴木さんが、バスの運転手をやってるんです。山田さんが、たまたまタクシーの運転手さんなんです。あくまでも、人が基本。その次に職業。だから、どのバスに乗るかで、バスの運転手さんの存在感はまったく違います。もちろん個性的すぎ困っちゃう人もいますが、それでいいんです。顔があるから、顔が見えるから、優しい。そして、相手の顔が見えるから、私も顔を出す。マレーシアはそんな国です。
※2014年には『カンポンボーイ』というタイトルで、別の翻訳者による翻訳本も出版されています。
この記事へのコメントはありません。