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People 細井尊人さん 映画『クアラルンプールの夜明け』監督

マレーシアを舞台に、日本人の監督が手がけた映画『クアラルンプールの夜明け』。ヤスミン監督作品で可憐な演技を見せてくれたマレーシアの国民的女優シャリファ・アマニさんが、娼婦でシングルマザーという役で登場。マレー系である彼女が、娼婦役を演じたということで、かなり話題になった。この映画の立役者、細井監督に話を伺った。(2013年5月21日)


細井監督は、この映画撮影の3年前、所属していた映像製作会社の倒産をきっかけに、マレーシアに3ヶ月滞在。そこで、マレーシアの映画人の姿勢に衝撃を受けたという。

「マレーシアの自主映画は、日本よりもずっと少ない予算で製作されていました。でも彼らは、自信を持って堂々と世界に発信している。その姿を見たとき、絶対にこの町で1本撮ると決めたんです」

制作したのは短編『サイレント・ラブ』。セリフのない、サイレントムービーだ。言葉や文化の違う民族がともに暮らすマレーシアという国に影響を受けた作品かもしれない。

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音楽や言葉を極力使わず、映像に様々な仕掛けを散りばめている

じつは『クアラルンプールの夜明け』もセリフの数を極力抑えたものになったいる。音楽も少ない。世の中の雑音とともにストーリーが進行していくような感覚だ。それは、映画のなかの絵空事ではなく、よりリアルな世界として、私たちに訴えかけてくる。

この世界観を表現するまでには色んな葛藤があった、と監督は語る。

8割ほど撮影が終わったころ、「マレーシアを舞台に撮影している意味はどこにあるのだろう。これではマレーシアが単に背景にあるだけではないのか」という疑問がわいた。マレーシアで撮影する。その意味をもっと映画にしなくては、と思った。だが、再撮となると、費用は2倍かかる。その負担は自分たちが負わなければならない。お金だけではない。今まで積み上げてきたものを自ら壊す、という決断。

「監督、撮り直そうよ」と伝えたのは、主人公の辰巳役を演じる桧山さんだった。その言葉で決めた。それから脚本を書きかえ、セリフを極力削除し、そのセリフをひとつひとつ映像に翻訳する作業をすすめた。マレーシア人にも理解してもらえるよう、辰巳が話す日本語には英語の字幕を付けた。たがそれも、英語が達者でない辰巳が理解できる範囲でいい。音楽もできるだけつけない。音楽で観客の感情を操作したくなかった。 

395756_469120336490228_2096665455_n 撮影現場は、実際のマレーシアの民家。マレーシアで撮影をしていちばん驚いたのは、マレーシア人の交渉力

マレーシア人との共同映画制作には、様々な驚きがあったという。たとえばマレーシア人のクルーは、事前調整はほとんどなく、その場で次々に交渉。リンの息子であるヨー役の男の子のキャスティングは撮影が始まる3日前に決定。また、ロケを見学していた一般のお客さんに「これからあなたの家で撮影してもいい?」と交渉することもあった。モスクでの撮影許可は、宿泊したホテルのオーナーがモスクの管理者と知り合いで、その縁をつないでOK。事前の調整が必須の日本では考えられないことだ。

桧山さんは、役者とスタッフの距離が近いことに驚いた、という。「役者もスタッフもみんなで集まってその場にしゃがんでお弁当を食べたりする。日本では役者とスタッフの間にはかなり距離があるので、あのようにはなりません。大女優のアマニさんでさえも付き人なし、専属のメイクさんもいない。映画を作る人間どうしに垣根がないんです」

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また、タイトな撮影スケジュールにもかかわらず、ご飯が充実していたのも、日本の現場とは違った。「カメラマンがグルメで、この店のこの料理がおいしいとよく連れていってくれた」とプロデューサ―の高塚さん。撮影中も朝・昼・晩、そしておやつ2回と、1日5食しっかり食べていたそうだ。

「マンゴスチンをはじめて食べたときは、こんなにおいしいものがあったんだ、と感動した。生のココナッツジュースも最高。マレーシア人のスタッフが集合時間に遅れてきたんだけど、にっこり笑顔でココナッツジュースを差し出してくれたときには、思わずいいよ、と言ってしまったよ(笑)」と監督。

この3人、アルコールが得意ではなく、高塚さんは豚アレルギー。「マレーシアにぴったりなんです」と話す。また、スタッフは、マレー系、中国系、ベジタリアンと食の好みがバラバラで初めは戸惑ったが、やがてみんなそれぞれ好きな料理を食べに行くという文化を心地よく感じるようになった、と高塚さんは話す。

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ヨーが祈りをささげたものとは

映画に話を戻そう。この映画は、マレーシアが舞台でなければ成立しなかった、と私は思う。それぐらい、マレーシアの匂いが感じられる。細井監督が、日本人として見つめたマレーシアが色濃く描かれている。

もしかしたら、マレーシアという国には、世界につながる糸口があるのかもしれない。ヨーが祈りをささげ、世界の明かりがたとえ微かだとしても、希望となって私たちの目の前に現れたように。

母国は愛しい国だ。でも、母国では決して手に入らない大切な何かが、異国でひょっこり目の前に現れたりする。だから私たちは旅をする。そして私がマレーシアという異国を通して伝えたいのもそういうことなのかもしれない。(了)

 

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